インドアな税理士のアニメ・ノベルゲーム感想録

アニメ好き・ノベルゲーム好きな税理士による、趣味のレポート。不定期更新。

∀ガンダムのエンディングを考える ソシエとロランは別れたのか?

最近久しぶりに「∀ガンダム」を鑑賞しました。

年を経るごとに違った見方ができる、いいアニメだと改めて感動しました。かぶりつくように一気観しましたね。

さて、やはり気になるのは最終話のエンディングの部分ですが、この点をどう解釈するかは、観る側にゆだねられている面があります。

ネットでもすでに多数の解釈がありますが、いまさらであるものの、私なりに考えた解釈を記しておきます。

 

女王を守るナイトの物語である

まず重要な視点は、このアニメの骨子は、ロランというナイト(騎士)が、ムーンレイスの女王ディアナを守りぬく物語ということです。

そして、使用人として仕えるお嬢様も守り抜くという二重構造を抱えています。この視点が抜け落ちると、エンディングの解釈がまるで変わるように思われます。

 

ディアナの指輪は、誰との「結婚」なのか?

私の解釈では、ディアナの指輪は、初代ウィル・ゲイムへの思慕と、無念の思いだった三代目ウィル・ゲイムへの追悼をあらわしているものと考えました。

形式上、ロランと結婚したという解釈もあるようですが、私はその解釈はとりません。その理由は次のとおりです。

・上下関係は維持されていること。エンディングで描かれている姿をみると、ロランはディアナとともに食事の席についてはいるものの、座席は対面ではなく斜め座りである。夫婦であればこの描写は違和感がある。

・ロランはその数話前に、戦艦ウィルゲムをディアナに返すように要求している。つまり、ロランはディアナのウィル・ゲイムへの思いを重視しているのではないか。

・物語全般を通じて、ロランはディアナを守るナイトの役割を果たしてきた。ハリーとの対比を考えれば、ロランがディアナと結婚するとは考えられない。(エンディングのハリーも、ディアナに成り代わったキエルと結婚はしていないし、できない)

 

ソシエが金魚を捨てたのはロランとの「決別」か?

ロランはディアナを守るナイトの役割を優先して継続した結果、ソシエとの関係は「保留」になったものと解釈しました。

 

この物語を通じてわかることですが、ロランはハイム家の使用人でありつづけ、なおかつ、ムーンレイスとしてディアナを守るナイトの役割を背負っています。

この役割の二重構造が継続されていることは、エンディングにおいてロランが運転手の制服を着ていたことでもわかります。

 

さらに注目すべきは、ソシエが「金魚」を捨てたことよりも、そもそもなぜソシエがロランの「金魚」を持っていたのか? という点です。

これは、ロランが自分の身代わりとして、大事な「金魚」をソシエに一時的に預けたものと考えています。

しかし、ソシエがこれを川に投げたのは、自分の使用人(自分だけのオトコとしての独占権を含む)よりも、ムーンレイスとして女王のナイトの役割を優先したロランへの「やるせない思い」を表現したものではないでしょうか。

また、かつて川から流れてきたロランとの再会を願う気持ちもあったことでしょう。むしろ彼女の、画面からあふれる勢いのせつない思いが伝わってくる気がします。

 

この投げ捨てる行為を「決別」と考えるのであれば、ロランとの決別ではなく、自分の童心との決別のようにも感じます。(物に執着するのは子供ですので)

私はいずれまた、ロランとソシエがあらためて出会い、新しい愛を育むこともありえると思います。そう考えたほうが、見る側も幸せだと感じませんか。

 

ディアナさまひどい、ソシエかわいそうは、短絡な解釈

エンディングを観ると、他のキャラクターが自らの役割を果たしているのに比べて、ソシエだけは「役割」や「立場」というものを持たず、あくまで自由な立場に置かれています。

この「自由さ」はソシエが持つ魅力であり、また、長らく地位に縛られてきたディアナとの大きな対比になっていると考えます。

物語を通じて自分の意志を常に押し通してきたソシエが、ロランをディアナに譲って我慢しているという苦しさに、妙味を感じます。

ディアナがひどくて、ソシエがかわいそう、という見方もわかるのですが、少し短絡的なようにも思います。

戦争での生死を目前で見てきた人々の考えや、相互間の思いやりは、もっと深いものではないでしょうか。

 

最後に

個人的なアニメのランキングとしては、「未来少年コナン」に次ぐ名作だと思います。

あとは初期OPの曲も最高ですよね。亡くなられた小林亜星さん、それに素敵な歌を歌ってくださった西城秀樹さん、ありがとうございました。